苔の生産においても、庭園の管理においても、雑草は非常に大きな問題です。
雑草を手で一本一本除去するには多大な労力がかかる上、下手に抜くと、せっかく育った周囲の苔が崩れ、台無しになってしまいます。
生産においてはいかに雑草が生えにくい条件で栽培を行うか、というのが一つの大きなポイントですし、庭園管理においても生えてくる雑草にいかにスピーディに対処できるかで、状態を良好に維持できるかが決まってきます。
雑草だけを枯らすことのできる除草剤があれば楽なのですが、苔も雑草(種子植物)もちょっとグループは違えど同じ植物なので生理的にはとても近く、基本的に雑草の枯れる除草剤は苔も枯らします。少なくとも雑草は枯らすが苔は枯らさない!と公式に謳っている除草剤は私の知る限りありませんし、大きな需要があるわけでもないので、農薬メーカーもそんな商品を開発するようなインセンティブも働かないことでしょう。
一方で、苔だけは枯らさない、そんな夢のような除草剤が実はあるようなないような、、という情報が錯綜しているように感じるので、以前に私が試したものと、数名の生産者さんに聞いた話をまとめ、途中経過として一度書いてみたいと思います。
ラウンドアップ(グリホサート系)はスギゴケを増やす?
まず、除草剤の代表とも言える、グリホサート系の除草剤。ラウンドアップという商品名で売られているものが最もメジャーで元祖ですが、各社から様々な名前で販売されています。
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グリホサートの構造式はこんな感じ。商品によって塩の種類が違うようで、図はイソピロピルアミン塩、現在最もよく売られている「ラウンドアップマックスロード」はカリウム塩のようです。
作用機序についてはとりあえずwikipediaから引用しますが、とにかく植物に必要な栄養であるアミノ酸のいくつかを作れなくすることで枯らす、ということが書いてあります。
"5-エノールピルビルシキミ酸-3-リン酸合成酵素(EPSPS)阻害剤で、葉面から吸収された成分が植物体での5-エノールピルビルシキミ酸-3-リン酸の合成を阻害し、芳香族アミノ酸(トリプトファン、フェニルアラニン、チロシン)や、これらのアミノ酸を含むタンパク質や代謝産物の合成を阻害して、植物の栄養が作れなくなる。接触した植物の全体を枯らす(茎葉)吸収移行型の非選択型除草剤である。"
ラウンドアップについては、基本的に苔を枯らすと考えて良いと思います。苔庭には使わないでください。
ただ面白いことに、ラウンドアップを撒いた場所にスギゴケがよく生えるようになるという現象が地域によってとてもよくみられます。どういうことでしょうか?
ラウンドアップを撒くと、やはりスギゴケも枯れるのですが、他の植物が根まで枯れるのに対し、地下に張っているいるスギゴケの仮根は比較的生き残りやすいようです。スギゴケは仮根から芽を出しますから、他の植物が壊滅状態にある中で、地下部に残った仮根からいち早く芽がでます。定期的にラウンドアップを撒いていると、徐々にスギゴケが優勢になり、場合によってはそれだけでスギゴケだらけになってしまうのです!
雑草を枯らしたくて除草剤を撒いていたら、そこがスギゴケだらけになった、夢のような話ですが、こういったことはそれほど珍しくないようです。
もちろんこれは環境条件に左右されます。スギゴケの生産をしているような "スギゴケ適地" であってもラウンドアップを撒いてしまうと再生しない、という地域もあるようですし、関東平野部でそんなことをやっても絶対に無理でしょう。あくまで環境との兼ね合いになります。
環境との兼ね合い、という意味で言うと、上記の理屈をひっくり返すようですが、どうもこの現象はスギゴケだけで起こるものでもないようです。
地中に仮根を張り巡らすタイプの苔でなくとも、庭に定期的にラウンドアップを撒いていたら見事な苔庭ができた、という話はあります。そういった場所では除草剤をまいても苔は弱るものの枯れ上がるほどひどくはならない、ということで、こういう話を聞くともう本当になんだかわからなくなります。
プリグロックスLは苔には効かない?
次に、毒物指定のため通販等では購入できない除草剤になりますが、苔界隈で少し有名なものとしてパラコート系のプリグロックスLというものがあります。
こちらもメモとして基本情報を記します。
<区切り線内は読み飛ばして大丈夫です>
プリグロックスLはジクワットとパラコートの混合のようで、それぞれの構造式はこんな感じ。
上がジクワット(1,1-エチレン-2,2'-ビピリジニウム=ジブロミド)
下がパラコート(1,1'-ジメチル-4,4'-ビピリジニウムジクロリド)
作用機序についてはこちらもwikipediaからの引用になりますが、これらが細胞に入ると活性酸素を発生させ、細胞内のいろんなものをぶっ壊していくという仕組みです。ジクワットも同様の働きのようです。
"パラコートは、細胞内に入ると NADPH などから電子を奪ってパラコートラジカルとなる。パラコートラジカルが酸化されて元のパラコートイオンに戻る際に活性酸素が生じ、細胞内のタンパク質や DNA を破壊し、植物を枯死させる。パラコートは、触媒的に何度もこの反応を繰り返し起こすので、少量でも強い毒性を示す。"
グリホサートと異なり、こちらはかなり意見が分かれます。
①雑草は枯れるが苔は枯れない
②苔も枯れる
③一部の苔は枯れない
いろんな記述や話を見かけます。
さて、実際はどうなのでしょうか?
私の方では、以下の苔で試験してみました。
1. ジャゴケ
2. フタバネゼニゴケ
3. ケゼニゴケ
4. ハイゴケ
5. コツボゴケ
6. オオシッポゴケ
7. エゾスナゴケ(写真なし)
8. コバノチョウチンゴケ(写真なし)
※なぜ苔類をこんなに試験しているのかについては、別の記事に譲ります。
試験期間:2022/1/27-2022/4/12
日照条件:日陰
用土:バーミキュライト単用
上が1行が未処理
下2行がプリグロックスL 200倍希釈液散布
いずれの苔もプリグロックスLが効いているのがわかります。
またこの後いずれの苔もさらに枯れが進んで行くことは確認しました。
写真は割愛しますが、日向地でのエゾスナゴケ、日陰地のコバノチョウチンゴケも同じように枯れました。
2022.1.27(試験開始時)
2022.4.12(2ヶ月半後)
というわけで、こちらを見る限り、少なくとも試した苔については全てプリグロックは使えない!
ということになります。
ところで写真を見る限り、苔たちはちょっと元気なくしているように見えるけど、ちゃんと生きているように見えます。少なくとも、他の雑草が明らかに枯れるの比べると効きがかなり悪いように見えます。
実は冬場のうちはプリグロックスLの効果が出にくい、効かないわけではなく、暖かくなってから効果が出はじめる、ということがわかってきました。
冬場は苔は生命活動を半分止めているような状況のためなのでしょうか?
理由はわかりませんが、12月〜3月の間、特に蘚類(ハイゴケ、コツボゴケ、オオシッポゴケ、エゾスナゴケ)はほとんど効果が現れず、
「プリグロックスLめっちゃ使える!」
と、はしゃいだものでした。
実際は春になって効果が徐々に現れ始めることがわかり、がっかりしたのを覚えています。
上の写真の苔たちもさらに1ヶ月、2ヶ月経つと、最終的にはかなりが枯れた状態になりました。
やはりプリグロックスLも環境要因か
こちらの結果は「プリグロックスLは苔を枯らす」だったわけですが、一方で生産者さんの中には、スギゴケ、ハイゴケ、スナゴケは枯らさない、とおっしゃる方もいらっしゃいます。特にスギゴケについてはプロ中のプロの方の見解なので、十分に信頼のおける見解と思います。
確かに、今回こちらでスギゴケの試験は行っていませんので、近いうちにこちらでも試してみたいと思っていますが、ハイゴケ、スナゴケについては不思議です。
濃度を下げたり、季節を変えたりしてみましたが、こちらではやはり枯れてしまいました。
「環境」に逃げるのは避けたいところですが、現時点ではやはりこちらも環境によって効果感が変わってくるとしか言いようがない状況です。
その「環境」はもう少し具体的にはどういった要因なのか、詳しく調べるのは至難の技ですが、いつか苔の気持ちがもう少しわかるといいなと思います。
結論
結論は結局、
「ラウンドアップは苔も雑草も枯らすが、撒いていると結果として最終的に苔が優占していく場合がある」
「プリグロックスLは苔を枯らすこともあるし枯らさないこともあるし、種類にもよるっぽい」
特にプリグロックスLについてはなんともはっきりしない結果になりました。
少なくとも、手放しで「使える」とは言わないほうが良さそうですし、
効果が出るまで場合よっては数ヶ月単位の時間がかかるので、時間をかけて「その場所で」あらかじめ試してみた方がよさそうです。
こういうぼやっとした結論は、じつは「苔あるある」です。
「こうだ!」と思っても、条件によるというのは日常茶飯事。
苔を知っている人ほど、「苔に絶対はない」とおっしゃいます。
傲慢のにならず、たいていのことは、「ここではそういう傾向がある」くらいに思わないといけないのでしょう。
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